江戸時代始め頃までは、農民や町民といった一般庶民にとって“足袋”は祭礼などハレの衣装、
若しくは足の保護の為に使われる、作業用の履物あった。また、武家や公家といった上流階級にと
っても、足袋は厳冬季の保温のため、儀式を行うための装束を着用する際容儀を整える為、若しく
は甲冑など武装の時、足の保護の為に履くものとされており、着用には厳しい規則があった。
しかし江戸時代中頃に、商人などの町人が台頭してくると、容儀を整えるため、保温のため
、また商売上失礼のないようするためと言った理由で、日常生活にも足袋が取り入られるようにな
っていった。その習慣はやがて武士など支配階級にも取り入られるようになり、都市部では一般的
な習慣になっていった。日常生活には、主に女性や武家階級は白足袋が、町人の男性は紺足袋や黒
足袋が用いられた。とはいえ農村部は、それまでと同じく作業以外の日常生活に足袋を用いる事は
少なかった。また遊郭や武士、公家階級の一部には、素足の方が礼儀正しいとする考え方が残り、
足袋は普段履きにしか用いないという場合もあった。
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